学科教員リレーエッセイ? 岡田章子准教授「大河ドラマにおける文化史というフロンティア」

今年の大河ドラマ、『光る君へ』、ご覧になっている方、どれくらいいらっしゃるでしょうか。大河ドラマ史上数少ない女性主人公、分野は武力闘争渦巻く政治史ではなく、『源氏物語』が書かれた平安時代の宮中をめぐる文化?社会史、さらに脚本はドラマ『セカンド?ヴァージン』で話題になった大石静氏。それだけに、「時代ものというより、まるで恋愛ドラマのようだ」という声も聞かれます。確かに、千年を超えて世界で読み継がれる恋愛小説(著名な日本文学者、故ドナルド?キーン氏も英訳『源氏物語』に感動して日本文学を志したそうです)の著者、紫式部が主人公ですから、艶っぽい話の一つや二つ、ないほうがむしろ不思議でしょう。

さて、来年2025年の大河ドラマも実は今年と共通点があります。それは、来年もまた、文化史に題材を取ったドラマだということです。歴代の大河ドラマを見ると、女性主人公より更にレアなのが、実は文化史という分野なのです。これが2年続く、ということはかなり異例なことです。 来年の大河『べらぼう』の主人公、蔦屋重三郎(2025年大河ドラマ「べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~」主演?横浜流星さん! – NHK)は、江戸時代にポピュラー文化としての出版を根付かせた人物として知られ、私が担当する「出版文化史演習」の授業でも必ず取り上げる人物です。最近は高校の教科書にも登場するようですが、蔦屋重三郎を知らなくても、TSUTAYAを知らない人はいないでしょう。あるいは、即座に蔦屋書店を連想する人もいるかもしれません。そうです、TSUTAYAは、この蔦屋重三郎にあやかって付けられた名前なのです(ただし、蔦屋重三郎と地縁?血縁等のつながりはない)。TSUTAYAが最初、レンタルビデオ屋として登場したのも象徴的で、重三郎もまた貸本屋からキャリアをスタートさせています。

増田晶文著『稀代の本屋蔦屋重三郎』草思社
特別展『写楽』カタログ(2011年)
発行:東京国立博物館、東京新聞、NHK、NHKプロモーション

さらに、彼は役者の大首絵(顔を思い切りズームアップした絵)で話題を呼んだ写楽をプロデュースしたことでもよく知られる人物です。私が高校生だった頃の教科書には、重三郎の名こそなかったものの、この写楽や北斎、山東京伝や十返舎 一九等「江戸時代の文化人」として紹介された多くの人々は、少なからず重三郎と関わりを持っていました。

その「陰に隠れた」重三郎がクローズアップされた背景にあるのは、「文化作品は作者さえいれば成立するものではない」という「文化」への理解でしょう。私も出版社で「編集者は黒子に徹するべき」と言われましたが、その職業倫理?はさておき、文化作品は、社会背景や政治の在り方など実は様々な要因が絡み合って世に出たり、あるいは出なかったりするものなのです。

実は、学問としての歴史学では、20世紀半ば以降「文化史」や「社会史」への注目が高まり、その波は今世紀に入っても衰えることがありません。また、社会学の分野でも、例えば「カルチュラル?スタディーズ」と呼ばれる動きなど、学問分野をまたいだ文化研究の流れがあります。

ここであらためて大河ドラマの流れを考えると、ポピュラー文化であるテレビの歴史ドラマが、歴史学のなかで培われてきた「文化史の沃野」をやっと「発見」した、と言えるのではないでしょうか。 

というわけで、来年の大河ドラマ『べらぼう』、若い皆さんは「流星さん、かっこいい!」から入ってもいい、卒業生は「そういえば大学の授業でやったなあ」と思い出して頂ければ僥倖。そして、大河ドラマ常連の方々には、「ドラマにおける歴史の捉え方の変化」、という視点に立って、共にこのドラマが楽しめるよう期待しています。

執筆者:岡田 章子 准教授